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転職が決まらない無職の2年間でやったこと【実話】

努力する人の姿(階段を登るイラスト)

不採用通知の山に日々自信を失う毎日に、ひょっとして無職では転職できないと思う期間が続きました。

しかし、努力と工夫、面接の繰り返しで、無職期間2年でも転職することが出来ました。

この記事では実話に基づいて、転職までの経緯を紹介します。

就職活動をされている方の何らかの参考になれば幸いです。

この記事でわかること

  • 無職というブランク(空白期間)を作ると待ち受けている転職職活動の現実
  • 無職というブランクのある状態から転職するためにした「工夫」「努力」「方法」
  • 転職活動で失敗しない方法(失敗事例の紹介)

 

転職が決まらないかもという漠然とした気持ち(無職3か月)

船のイラスト

諸事情によって、あるいは、退職後の就業について確たる実績もないままに、退職してまうこともあると思います。

私は退職後の自分を考えなおす気分転換を兼ねて、フェリーに乗る旅行をしていました。

そのころは転職のこともあまり考えておらず、船の甲板で潮風に吹かれる旅はとても気持ちが良かったです。

しかし、しばしの休息の旅行から戻り、時間が経過するうちに「やるべきことが明確に定まっていないこと。」「これまでしてきた仕事に対する思い。」「両親に迷惑をかけてしまっているという焦り。」など様々なことが頭をよぎりました。

諸事情で実家に戻ったことで、見えないプレッシャーも感じることになってしまいました。

「収入もない中で実績が出るまで、実家に居候をしてフリーランスを目指すことは厳しい。」

「フリーランスを目指すなら実家を出て一人暮らしをするべきでも、その経済的余裕がない。」

当たり前のような結論に帰着し、わずか3か月でフリーランスを目指すことも考えつつ、転職活動を始めるざるを得なくなりました。

自分なりに今後を考えた結果、転職時期は今から1年後と決めました。

転職が決まらない1年間をあえて選択した理由(無職4か月)

失業給付の延長と職業訓練校での異業種の学び

無職になって4ヶ月を過ぎるころ失業給付が始まりました。

ハローワークにも何回か足を運ぶうちに、とても良い相談員さんに恵まれました。

通常は失業給付は90日で打ち切られるはずでしたが、職業訓練校に通う1年の期間は失業給付が延長されるという案内をいただけました。

とりあえず、当面の生活資金に限っては両親に迷惑をかけずにすむ点と職業訓練で異業種を学んで独立を検討出来る環境になりました。

独立に向けてはパソコン関係の訓練を受けて在宅で出来る仕事を模索しようとしていました。

ただ、入校した後で感じたのは訓練内容が思い描いていたことと違っていたことと、その道で働いてきた仲間との実力差に半年で異業種に進む道は半ばあきらめていたと思います。

職業訓練とは求職活動をしている人を支援するもので、ハローワークに相談に行けば費用をかけずに色々な実務や知識、資格取得を目指せる訓練を案内してくれます。

転職に向けて1年後に国家資格を3つ取得する計画

無職4ヶ月目にして考えたことは、ブランク期間が3か月を超えたら半年後も1年後も同じという結論でした。

しかし、転職を成功させる方法の一つは無職期間が3か月を経過するまでの期間に転職を決めることだと思います。

独立起業の予定がなく「転職する」という考えで決まっている場合は、3か月を経過するまでに転職した方が、転職に有利です。

採用側は、退職後にすぐに求職活動を始める積極的な人を評価するということは、転職サイトの情報等を通して後で知ることになりました。(失業後3か月以内くらいで一定条件を満たして就職するとハローワークから「再就職手当(お祝い金)」も支給されます。)

当時の私は、独立を考えていたこや失業手当が90日あるということを知って、今後をしばらくゆっくり考えようと思っていました。

この空白期間を長くするという行為は「その期間で何をしていたの?」と聞かれる期間を作ったようなものでした。

そこで、無職というブランク期間を補うために「他の転職者と違う何か」がないといけないと考えました。

不動産・金融業界に5年以上の経験があった私は、1年間の職業訓練校に通う機会を得た時間を活用して、独学で国家資格を3つ取得する計画をたてました。

結果、1年後に以下の国家資格を3つを取得しました。

取得を目指した国家資格

●宅地建物取引士

●管理業務主任者

●マンション管理士

前職の経験があったから取得できたと思われるかもしれませんが、前職では仕事は熱心にやっていた方ですが、資格に関心がありませんでした。

ちなみに学歴的には中学卒業レベルの問題も解けず、この3つの国家資格を受けても最下位レベルで落ちていました。

落ちていた理由は、建築設計等の理系の資格は必要のある内容と思いますが、文系が目指す不動産関係の資格は飾り程度の内容に思っていたことと、資格よりも大事なのは実務という気持ちが強かったことだと思います。

ただ、無職になったことで状況は一変し、現実社会に合わせなければ就職は困難という状況になりました。

不動産業では国家資格取得者を事務所に常駐させなければ営業ができないという職種です。そして、企業は国家資格者を多く確保しておきたいという法律上のしばりを受けています。そこに注目したわけです。

また、ブランク期間に資格を取得することは、面接で聞かれるであろう「無職期間に何をされていたのですか?」という問題への回答になるとも考えました。

しかし、資格1つだけなら働きながら取得する人もいるので話にならないということも想像がつきました。

その回答の対策として「職業訓練校に通って異業種の転職にも取り組んでおりました。」という回答と、「国家資格を3つ同時に取得しました。」という回答を用意する計画にしました。

なお、宅地建物取引士の試験の難易度は、少し難しいくらいで、中学生でも試験に合格しています。

極端な言い方をすると「意味は分からなくても、過去問を覚えるだけ。」で合格できると思います。

転職が決まらない1年後の自分を許さないというモチベーション(無職6か月)

本を持つ手(勉強するイラスト)

中学卒業レベルの偏差値にもかかわらず、国家資格を取得した勉強模様について説明しておきます。

難易度は普通でも覚える内容が多く、モチベーションの維持はとても大切でした。

何度もめげそうになりました。

私の場合は、5年以上の実務経験がすでにありましたので、やると決めた以上は中学生が合格する試験で落ちるということはプロとして許されないという強い気持ちを持つようにしていました。

そして、努力しても結果が出ないこともある投資の世界に比べると、資格取得は努力すれば確実に結果が出る世界ということをお伝えしておきたいです。

そして、資格を取るまでは資格を持っている他人が偉くも見えても、彼らも同じような壁を乗り越えているということ、努力をする他人も実は少ないという事です。

午前中の勉強方法

朝は職業訓練校まで電車で1時間くらいの通学していましたので、毎日のように電車の中で参考書を開いて繰り返し読んでいました。

スマートフォンに宅地建物取引士の過去問に回答するアプリがあります。

参考書を読む気がしない時でも、アプリの過去問を一日何問くらいと決めて回答しては、テキストで復習していました。

参考書も初めて読む1週目は、内容がよくわからず、ページ数も中々進まず、過去問もほぼ全問を不正解という時点からのスタートとなりました。

そんな感じでしたから、1週目は少しずつ進み、2週目はもう少し速く進むというように出来る範囲で進めていきました。

土日の休日は椅子にしばりつけられる気持ちで、テキストを読み進めるか過去問とテキストの往復をひたすらしていました。

覚えるだけの内容が多く、独学ならではの苦痛を感じることも多かったのです。

つらい時は、専門学校の日建学院の無料動画の講座を視聴したり、無料模試に参加して資格取得に励む学生たちを見てモチベーションを維持するように工夫していました。

日中の勉強方法

職業訓練校のお昼休みは1時間くらいありました。

お弁当を食べ終えたらテキストを読み進めるか過去問を解いていました。

夕刻以降の勉強方法

職業訓練校から帰宅までの間も午前中と同じように勉強していました。

自宅に帰ってからは、その日決めていたページ数や問題数をクリアしていれば何もしない時もあったと思います。

ただ、集中力が続いている限り勉強していたと思います。

休み癖にならないよう、どうしてもやる気がしないという日だけ、ゆっくり休息していました。

資格試験のまとめ

このような感じで資格試験以外のことは全て捨てて集中していたと思います。

覚えるだけの試験問題も多く、それがたまらなく苦痛でしたが、普通に勉強する感じでは落ちると思って普段の200%くらいの気持ちで取り組んでいたと思います。

最後の無料模試では、第一優先の宅地建物取引士の無料模試で、120位/2079人(偏差値62.5)でした。

管理業務主任者とマンション管理士の無料模試の数値は少し低いなりに、同じような数値でした。

本番試験直後は、どの試験も「落ちたかもしれない。」と不安でしたが、答え合わせをしたら、無料模試と同じくらいの点数でした。

1年も時間をかけて自分の中で200%の無理をした結果、少し余裕をもって合格した感じです。

満点で偏差値70以上という人もいますが、状況が違ったり、頭の作りが違う人もいるでしょう。

ただ、偏差値最下位クラスの私でも、皆が何もしないでボーっと休んでいる時間、遊んでいる時間の全てを勉強時間に代えれば、合格できました。

「もういい。自分には無理だ。」と挫折しそうになる瞬間は、何度も何度もおとずれて来ます。

そこで、7割くらいの人は同じように思ってあきらめるか、惰性で適当にこなすだけになります。

しかし、それでも壁を何度も叩き続けた人にのみに変化がおとずれます。

なお、無職からの転職は資格を取得するに限ったことではないと思います。

空白期間に見合った「他の転職者とは違う何か。その期間で得た何か。」を言葉だけではなく見える形で示せることだと思います。

30歳以下の方なら若さと情熱があれば、言葉だけではない思いとそれを実践する行動力があれば、いつかは通じると思います。

転職が決まらない環境を作らない実践(無職1年半)

1年半が過ぎたころ、職業訓練校を卒業しました。

職業訓練校では、普通に授業を聞いていれば誰でも受かるパソコン関係の国家資格もいくつか取得しました。

そして、転職活動本番という状況になりました。

転職サイトへの登録(大手転職サイトの圧倒的強さ)

転職活動をする前に環境をよくしたいと思ました。

そこで、転職サイトは聞いたこともないようなところから大手転職サイトまで手当たり次第に登録しました。

そして感じたことは「結局、大手転職サイトに良い求人が集まる。」という結果でした。

具体的には、リクナビNEXTの一択でも良かったと思います。

最終的には、リクナビNEXTとマイナビの2つを主に使いました。

転職後に知ることになった日経キャリアNETも良い印象を持ちました。

 

それから、ハローワークの求人はあまり使いませんでした。

採用する企業側が求人を出す時の話しですが、ハローワークに求人広告を出すのは無料です。

これと異なり、リクナビ等に求人を出す場合は1ヶ月以内の求人広告でも数十万円がかかります。

ハローワークにもリクナビと同じく上場会社などの優良企業の求人もありますが、求人広告費を出せない資金力の限られた企業も混じっています。

使い分けが必要になると思います。

マッチングする企業は限定された業種

転職サイトには「履歴書の情報」さらに詳しい「職務経歴書」を記入するページがあります。

そこにハローワーク、転職サイト等で情報収集をしてアピールできる内容を記載します。

リクナビNEXTでは入力した内容を履歴書の書式で印刷する機能もあります。

そして、最後に希望する業種などを自分で決めて求職を開始します。

すると転職サイトからこの企業に募集しませんかというメールが届きます。

企業から直接オファーが来ることはありませんでした。

あくまで転職サイトを通じてか、転職エージェントという仲介会社を通じて応募の案内が来ました。

そして、届いた業種は過去に実務経験を積んだ職歴と同じ業種だけでした。

つまり、無職からの応募では過去に経験した職歴と同じ業界しか良い求人が来ません。

この点は、在職しながらの転職者でもあまり変わらないと思います。

加えて在職しながら転職活動をしている人に比べると、ブランクのある転職者は2倍くらいハードルが高くなるということです。

私の場合は、職務経験が5年以上あり転職が初めてで、国家資格を3つ保有している点をアピールした結果、大手企業の面接までは通過することも意外と多かったですが、書類選考で落とされることもそこそこありました。

落とされた理由はブランク期間の可能性が高いと思います。

なお、職歴のない若い人の場合は、自分の限界を決めずに受けたいと思う企業に積極的に応募するべきと思います。

その結果、希望どおり行かない場合は、ハードルを下げてでも技術を身に着けるための入社し、実務経験を積んむことも方法と思います。

そして、その実績をもとに在職しながら次のステップを目指すことも出来ると思います。

私は不動産・金融業界以外はあまり知りませんが、完全出来高制の会社も存在します。

成果が出なけらば給与もほとんどないような厳しい仕組みですが、それでも技術や実務経験を積むチャンスはあるかもしれません。

転職サイトで知った現実

転職サイトを利用して知り得たことは、あらためて企業は「即戦力」を求めているということと、30歳以下ならまだしもそれ以上の年齢の求職者に給与を払って教育する気のある企業はほとんどないということです。

求人広告で年齢制限がなくても、いまだに35歳を境界として年齢での有利・不利がはっきりしているということも分かりました。

ちなみに、専業投資家として独立した今、世間的には無職といえる状況でリクナビに再登録してみました。

2回目の転職活動になる点と1年以上のブランクに加えて年齢が30代前半ではなくなっていることもあって、同業種からのオファーが半減したことに加えて「タクシードライバー」「警備員」という業種からオファーが来たというのが現実です。

転職市場は「即戦力」で、東大を出ているとか、そこそこ難易度の高い資格があるというレベルでは大したアピールにならないと思います。

転職でステップアップできる人は、驚くべき貴重なスキル、超難関の資格を保有している場合等、特殊な何かがないと厳しいと感じました。

私は転職エージェントに相談はしませんでしたが、このブログを参考にしつつ転職エージェントに相談するのも良いと思います。

転職エージェントとは、企業と求職者の間に入ってマッチングをする仲介会社です。

両者の間に入っているという立場からのアドバイスになると思いますので、このブログの転職者の実話と比較すると、より正確な状況が見えてくるかもしれません。

 

何回受けても転職がきまらない面接 -失敗と成功-(無職1年8か月)

不採用に悩む人のイラスト

職業訓練校を卒業し、転職活動が積極的にできる時期になりました。

早く転職を決めなければ、時間の経過とともに転職は不利になるという考えがありました。

この考えは、大きな失敗を招きました。

第一希望の企業から面接に応募した失敗

資格も無事に取得できたので、第一希望の企業に面接に行って転職を決めようと優先順位の高い企業から面接を申込みました。

そして、不採用が続くようであれば企業を選ぶことをあきらめていくようにしようと思いました。

これは間違いだったと思います。

理由は、面接も場数を踏むにつれて、緊張する度合いも和らいで自然体で話せるようになるからです。

最初の面接は、1時間以上も早く面接会場に到着して、ビルの前を行ったり来たりしてガチガチに緊張した状態で15分くらい前に面接会場に向かったものです。

面接官から「なぜ、前職を辞められたのですか?ブランクがありますが、何をされていましたか?」という質問から始まったことしか覚えていません。

言い方を変えて、この内容をずっと聞かれていた気がします。

違う話題かと思って答えているとまたそこに戻ります。

企業側からすると、転職者の作りこんだ姿ではばく、不意をつくような質問をしてでも転職者の本心を知りたいのだと思います。

決して問題を起こして辞めたわけでもありませんでしたが、質問を想定できてもおらず、しどろもどろの回答や所作となり不採用となりました。

その後も希望する企業の面接を10社くらい受けましたが同じような感じでした。

面接官の中にはストレートに「なんか問題でも起こして辞めたの?辞めた時期がちょうどリーマンショック(不景気)の頃ですよね。」と決めつけるような質問で探られることもありました。

資格試験のことについても「3つくらい当社の社員は仕事しながらとってるよ。(在職中にとって当たり前でしょ。)」と見下されることもありました。

最初は対等な立場くらいの気持ちで挑んだ面接、そのころにはブランクのある転職者は転職市場では「不良品扱い」ではないのかと認識する時期もありました。

また、在職しながら転職活動をしている人と明らかに応対が区別されていると感じることもありました。

そして、ついに地元企業で高望みできるような企業の募集はなくなっていました。

反省点としては、はじめは面接練習くらいの気持ちで会社を選ばずに面接を受けて、自然体で話せるくらいに場数を踏むべきであったと思います。

もし、採用になっても希望でなければ断るというのも方法であったかもしれません。

東京への遠征 -失敗は成功のもと-

同じ企業に何度でも応募する強者もいるようですが、チャンスは一度だけという考えもあり、私には出来ませんでした。

今にして思うと企業側にもタイミングがありますので、あきらめずに何度でも同じ企業に応募することもありだと思います。

当時の自分はそのタフさはなく、次に考えた計画は東京に引越して求職活動をするというものでした。

ついでに、そのころの心境は「東京でダメなら、アルバイトでも仕方がない。」と本気で考えるくらいに落ち込んでいたと記憶しています。

さて、話しをもどしますが転職サイトに登録すると2番目に誰もが気づくこととして、求人が東京に集中しているということです。

そして、東京に引越しをする計画と東京での面接を進めることにしました。

少しずつ不器用な自分なりに受け答えが出来るようにもなっていきました。

そして、地元での面接から15社目くらいで内定を頂くことが出来ました。

また、同時期に面接を申し込んでいた会社からも「未だ、決まっていなら〇日に社長面接を設定したから来てほしい。」と、人事の方から役員全員で初回から最終面接をするという電話を頂くことが出来ました。

これは奇蹟かという思いと、同時に感じたことがいくつかあります。

「コミュニケーションが苦手でも、場数を踏むうちに少しずつ自分らしく前向きな受け答えが出来るようになっていくこと。」

「企業側にも採用を急がないといけないなどの事情があること。」

「同じ受け答えでも、企業や面接官によってマッチするしないが必ずあるということ。」

「あきらめずにいること。面接を受ける回数と運の要素があるということ。」

100社、200社と受けないと受からないと感じていたくらいでしたから、15社くらいで転職できた自分は強運だったと思います。

それと求職が多い東京に出たことも「運」をつかむ確率を増やしたと思います。

東京のハローワークで聞いた話しでは、東京の求人は全国平均の2倍以上だそうです。

また、東京の給与は最低賃金を見ても分かるとおり高めの設定のところが多いです。

東京は物価が高いといいますが、住んでみるとそうでもないことも分かりました。

入社前にはわからないその企業の社風

面接をしながら考えていたことが、入社前にその企業の社内の様子などは中々わからないということです。

転職に関するアドバイスをいくつか受けていた中で「職場の様子をなるべく見ておく。」というものがありました。

そこで、事務所近くまで行くことが可能なセキュリティの会社もありましたので、試しに行ってみました。

なるほど、事務所の中から大声が聞こえてくる体育会系の会社もあれば、廊下ですれ違う社員同士の会話から雰囲気が推察できそうな会社もありました。

その他、夜はいつぐらいまで仕事をされているのかを知るために、事務所の窓の電灯を見ておこうと考えたこともありましたが、実行しませんでした。

アドバイスを受けて試みたことでしたが、個人的には、失敗とまでは言いませんが、あまり意味がない行為のように感じました。

その頃の心理的な余裕や時間の余裕が少なかったという理由もありますが、入社後はそこに自分が入ってその環境を作っていくことになるだろういう考えがあったからだと思います。

まとめ

転職活動をして感じたことは不採用が続くと、とにかく強い気持ちを維持するのが難しかったというのが率直な感想です。

コミュニケーションが苦手な自分の場合は、社会になじめないというか人格まで否定されているような気に陥る時もありました。

面接で同じ回答をしているつもりでも、すでに内定者でもいるのか、落とす面接をされていると感じたこともありました。

時には「資格取得にがんばったんですね。」と言って頂けることもありましたが、その面接でも落ちました。

理由は分かりませんが、面接後の話し合いで落ちたのかもしれません。

いろいろ思うところはありましたが、短い面接でお互いに多くを知ることは出来ないはずです。

採用側は転職者が思っているほど深く考えてはおらず、けっこう事務的に採用を決めていると思います。

面接時は小さなことを気にしすぎないことも大切だと思いました。

まとめると、面接期間に感じたことは「空白期間にやってきたこと」を自分なりに説明できる状況にあることと、面接で落ちた自分を責めすぎず自然体で求職活動をあきらめずに続けることが大切だと思います。

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